最新医療・治験への取り組み

 

ほとんど全ての医学教科書には、『医学は日進月歩であり、新しい知見や技術革新で治療法が変わる可能性があるため、常に最新情報を参照するように努めること』という趣旨の注意書きがあります。例えば大分県竹田市出身の滝廉太郎(荒城の月・お正月・雪やこんこ、などの作曲家)が明治36年(1903年)に23歳で早逝した原因となった肺結核の治療薬として、滝の死の40年後に抗生物質のストレプトマイシンが開発されて以来、現在も多くの命が救われています。一般に、ひとつの有望な新薬が開発されて、発売されるまでには10年以上の歳月が必要と言われていますが、新薬開発(治験)に携わる医師は数年後に発売される予定の薬候補を日本や海外の状況を含めて既に熟知しており、実際に治療した経験があることが他の医師と大きく異なる点です。

 

当院の下田副院長は、整形外科専門医として数多くの患者さんの主治医であると同時に、骨粗鬆症治験の責任医師として日本でも有数の実績を持っており、全国紙でたびたび紹介されています。また、当院の治験コーディネーターをはじめとする医療スタッフが治験に参加されている患者さんを全力でサポートしています。内科の森本副院長も前任の大学病院では大阪以西唯一の厚労省治験中核病院の実務(治験実施・薬の科学評価)を担当、現在も新薬開発の情報を集めて、当院の患者さんにお知らせしています。

 

このように、みえ記念病院は地方の小さな病院ですが、世界の最新医療や有望な新薬の開発動向を注視しながら、島袋院長の漢方医学と共に、最新医学と伝統医学の叡知を合わせて地域医療に貢献していきたいと考えています。

読売新聞 平成24年4月17日『医療ルネサンス』より
読売新聞 平成24年4月17日『医療ルネサンス』より