なんでも医のつぶやき① 『歴史家ではなく医者です(^^;)。。。』

2013年(平成25年)3月に大分合同新聞から依頼されて書いた記事です。
2013年(平成25年)3月に大分合同新聞から依頼されて書いた記事です。

こんにちは!(^-^) このブログでは昔の大分の風景を紹介する「大分のタイムカメラ」を掲載していますが、本業である医療についてもエッセイを通じて話題提供をさせて頂きたいと思います。

 

この連載のきっかけは、先日、豊後大野市長さんに「地域を活性化する切り札は、豊後大野に生まれた戸次(立花)道雪と宗茂の生涯を大河ドラマにすることだと思います。」とお話した際に、『森本さんは歴史家と思ってました(笑)』と言われたことです(^^;)。そういえば大分合同新聞社に依頼されて道雪生誕500年の記事を寄稿したり、経済同友会の方々に歴史講演をしたことがありますが、ただの郷土史マニアですので歴史家と呼ばれるのは畏れ多いです。医療に関する話題も書くことで、このブログがみなさまの健康に少しでもお役に立てば幸いです。どうぞよろしくお願い申し上げます。

早いもので、昨春から三重町のみえ記念病院に赴任して1年半が経過しました。私は大分市出身ですが、当初は『ユーロ(下腿内側を意味する豊肥方言)』などの言葉に驚きながらも、おかげさまで地域のみなさまとすぐに打ち解けることができ、真摯な病院スタッフと業務ができることを嬉しく思っています。大学教官時代は医学生や研修医、大学院生がほとんどいつも側にいて、それはそれでやりがいもあるのですが、患者さんやご家族をはじめ病院の各スタッフと接する機会が増えたことが何より嬉しいです。

 

私は大分医科大学を卒業して、救急医療を含めた研修を行い、画像診断と治療を行っていました。その後、現代医学の中心である薬物治療を本格的に学ぶために、臨床薬理学で医学博士を取得して日本や米国の病院で患者さんを診療しながら、薬のより効果的で副作用の少ない使用方法の開発にも従事していました。昨年は自衛隊予備自衛官補(医官)の選抜試験に合格して、「真の総合医療」と言われる災害医療を学んでいます。


長々と書いてしまいましたが、元々は医学生時代にターミナルケアに興味を持ち、在宅医療で有名な東京の先生の施設での研修で『まず医療の様々なことをしっかり経験して医学教科書を書けるくらいになってから、この分野に来ても遅くないよ』と助言を受けたことが始まりです。おかげで、体の画像診断から、心の領域や生活習慣病の薬物治療と医療コミュニケーションまで広く学ぶことができたことは現在の診療にとても役立っています。

 

※以下、次回の ②『なんでも医と専門医の連携』に続きます。

      

                              (文:森本)